SW20型MR2は怖い車だった?


トヨタが発売したMR2は国産本格ミッドシップスポーツ。
初代はAW11というモデルで、角ばったデザインが印象的な車でしたが、
2代目はうってかわってかなりマイルドなデザインに変貌して1989年に登場しました。
リトラクタブルヘッドライト、リアにエンジンが搭載されていることを意識させるグリルが、
なんともスポーツカーらしい車です。

1250kgのそう重くない車重にターボモデルのエンジンは3S-GTEで最大出力は225PS
最終的には245PSまで到達するのですが、1989年当時としては国産トップクラスのパワーです。
1992年まで販売されたFC3S型RX-7ですら、最大出力は215PSだったことを考えると、
この225PSという数値がどれだけすごかったかわかります。

しかしこのMR2という車、初期型はとにかく不安定で、運転が難しい車だったと評されています。
もともとミッドシップレイアウトですので、特性上スピンに陥りやすいという弱点はあるのですが、
下の動画で、レーサーの中谷明彦氏がインプレッションレビューをされているなかでも、
LSDが入っていないことによるトラクションの掛かりづらさ。それにともなう回頭のおさまりの悪さ。
乗り心地を重視してサスペンションが柔らかく設定されているためにロールが大きいという問題が挙げられております。
その結果、手に汗びっしょりだとか、この車で遊ぶときは注意して。と注意を促しているほどです。

別の動画でも中谷氏はこれまでMR2に乗るのをあえて避けていたと言ってますから、
相当不安定で恐怖を覚える車だったようですね。
雨の日は非常にすべりやすく危険だったという話もネット上でチラホラ見られます。

その後、MR2は2年の時を経てマイナーチェンジされました。
主に足回りの改善に努めたとされ、各部剛性アップ、限界挙動の安定性を向上が施されたと言います。
その甲斐あって次にご紹介する動画でのマイナーチェンジの印象は良さそうで、
サーキット走行において、マイナーチェンジ前とは別次元の車だと高く評価されています。

↑この動画は、MR2以外にも当時の国産最速スポーツカーについて印象コメントを聞くことができて興味深いです。
当時こんなにたくさんの国産スポーツカーがあったのか、と驚いてしまいますが。

しかしながら下の動画において、残る不安定さを指摘されております。
サーキットではない群馬サイクルスポーツセンターという峠様のコースだと、
また条件が異なり、違った評価になってしまったようです。車の開発は難しいですね。
トヨタのテストコースが良すぎて、峠や一般道路での大きな入力変化のテストができてないのでは?と黒澤元治氏の指摘です。

日本国内においてはMR2というモデルはこのSW20で終わってしまいます。
MR-Sというミッドシップオープンカーが1999年に後継として登場しますが、
MR2とは毛色が結構違うようにおもいます。
ちなみに日本ではMR-Sという名前でしたが、
海外ではMR-Sという名前ではなく、ZZW30型のMR2として販売されており、正真正銘MR2の後継です。

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